「目玉のまりちゃんが来るぞ」
お菓子屋さんの前の通りです。トラックが一台とまって、おじさんがダンボール箱をおろしています。ランドセルを片手で持って右に左に振り分けている太っちょの男の子がいます。水色のジャンバースカートの女の子がいます。二人が指さして笑っているのは、向こうからかけて来る女の子でした。
 まりちゃんと呼ばれた子は顔を真赤にして、その子供達のそばを通りすぎました。そして洗濯物がたくさんほしてある芝生の庭のある家へ、一目散にかけて行きました。
 玄関のガラス戸をはね返るくらいにいきおいよくあけ、右と左の靴など別々の方向へけとばして、ダダダダダーッと家の中へまりちゃんはなだれこみました。奥の部屋へ入るなり、ランドセルをおろそうともせず、机にうつぶせになり、ワァーッと泣き出しました。
  あまりの豪快な泣き声に、畑仕事をしていたおばあちゃんがびっくりして家へかけこんで来ました。
「まりちゃん、どうしたんや。何があったん?」
おばあちゃんがいくら聞いても、まりちゃんは泣くばかり。その間おばあちゃんは、まりちゃんの肩からそっとランドセルをおろして背中をなで続けてくれました。
 しばらくして、泣き疲れたまりちゃんは、涙でぐちゃぐちゃの顔をあげ、ようやく途切れ途切れに話し始めました。
「あのね、みんながね、私の目が大きいからって、『目玉のまりちゃん』とか『台風の目』とかって言うんやで。もうこんな目いらんわ」
それまでやさしかったおばあちゃんの顔が、まりちゃんのその最後の一言できびしい表情に変わりました。
「何言うとる。そんな可愛らしいよく見える目もらっとるのに」
「だって、だって…」

 それから何日かして、まりちゃんはお母さんの仕事場へついて行きました。そこは小さな診療所です。大勢の人が出たり入ったりしていました。お母さんはここで事務のアルバイトをしています。
 「こんにちわ」
まりちゃんに声をかけたのは白い杖を持ったおじさんです。口ひげが両端でくるっと丸まっています。お母さんはまりちゃんの手をおじさんの手に握らせ、
「娘のまりです」
と紹介しました。
そして、まりちゃんに向かって、
「このおじさんと少しお話しててね。お母さんちょっと仕事を片づけて来るから」
と言って、お母さんは小さな部屋へ入って行きました。
おじさんに手を握られたまま、まりちゃんは下を向いて右足の靴の先でぐるぐる輪を描いています。
「まりちゃんはきれいなお手々しているね。」
そう言われて、ちらっとおじさんの顔を見上げたまりちゃんは、
「そうかなぁ。私と初めて会う人はみんな目の事を言うのに、おじさんは手をほめてくれるんだ」
「いやーごめんごめん、そうか、きっと可愛い目をしてるんだろうな。おじさんには残念ながらそれが見えないんだ」
「そうじゃないの。可愛い目じゃなくて、大きい目なの。だからね、いつもみんなが色々言うの。だから私、自分の目大きらい」
そう言いながらまりちゃんは自分の顔を両手でパンパンと叩きました。
おじさんはそのまりちゃんの両手を自分の顔にさわらせて
「このおじさんどんな顔しているか教えてくれないか」
「えっ、おじさん自分の顔知らないの?」
「そうなんだ。おじさんは自分の顔を見た事がないんだ」
そこでまりちゃんは自分の指でおじさんの目の形を作って
「あのね、おじさんの目はこんな三角形をしているの。それからお鼻は…」
そんなふうにまりちゃんはおじさんの目や耳や鼻や口などの形を教えてあげました。
「そうか、ありがとう。大体わかったよ」
おじさんと話していると何だかとても楽しい気分になります。
 その日家に帰ってから、まりちゃんは自分の顔を鏡で見ました。
「よーし、今度おじさんに会ったら、私の顔の形も教えてあげようっと」
そんな独り言を言いながら、両方の目の周りに指で輪を作ってみました。

 日曜日の朝、まりちゃんは愛犬のノンを連れ、お父さんと一緒に散歩していました。お家の裏のなだらかな坂道です。教会の鐘が聞こえて来ます。
 「目玉のまりちゃん、くーるくる」
うしろからかけて来たのはあきら君です。右手に持ったからっぽの買物かごを大きく振り回しています。
今までだったら、うつむいて泣きべそかくところだけど、今日のまりちゃんはちょっと違います。
「あきら君、おはよう。 今日よかったら目玉のまりちゃんと遊ばない?」
「えっ、あのー、そのー」
急に赤い顔になり、人差し指を口にくわえました。まりちゃんはそんなしぐさのあきら君を見るのははじめてです。
「考えとくよ」
そう言ってあきら君は逃げるように走って行きました。
「待ってるよー」
 「そうか、学校では目玉のまりちゃんって呼ばれてるのか」
と言うお父さんに
「そうよ、私にぴったりでしょう。目玉のまりちゃんが来るぞーってね」
いっそう目をまるくして得意気なまりちゃん。
お父さんの笑い声に、「ワンワン」とノンのほえ声も加わり、朝のさわやかな空気の中に広がって行きました 。





                                        
おわり








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