子ネコのTシャツ

 ここはある洋服メーカーのデザイン室。たくさんの絵や写真がTシャツやトレーナーなどの胸や背中にのせられ、デパートや衣料品店へ送り出されて行きます。
 今、可愛い子ネコの絵が完成して、Tシャツの胸にのせられました。さぁこれからこの子ネコがどんな所へ送られ,どんな人に出会い、どんな経験をするのか、皆さんといっしょに見て行きましょう。


出会い

 
今日は日曜日。デパートの中は開店と同時にたくさんの人がつめかけました。何人かの友達連れや若いアべック。親子連れや主婦などでどの売り場もとてもにぎやか。
 ヤングファッションコーナーもお昼近くから女性たちの話し声がはずんでいます。
「このブラウスおしゃれなデザインですてきだけど、うーん、やっぱり高いわね」
「このワンピースも私のあこがれのタイプだけど、一ヵ月分のおこづかいが飛んで行きそう」
「こんなものを着て仕事もできないしね」
「やっぱり私たちにはこんなTシャツが無難かしらね」
そんな事を言い合いながら、ワンピースやブラウスのコーナーからTシャツコーナーへ回って来たのは、素朴な感じの元気そうな三人組。
 にぎやかな若い女性たちの声が自分たちの方へ近づいて来たので、Tシャツたちはいっせいに自分の事をピーアールし始めました。そのTシャツの胸の上で、子ネコもなぜだかソワソワ、ワクワク。
 そのヤンググループの中で一番飾り気のない女性が、いよいよ手に取って品定めを始めました。
Tシャツの上の子ネコは、彼女と目と目が合った時、インスピレーションのようなものが走り、思わず
「こんにちわ」という言葉がその口から飛び出しました。
それが聞こえたかのように、その女性も「こんにちわ」と声をかけてくれたから、子ネコはうれしくて,Tシャツの胸を離れて彼女の腕に飛びこんで行きたいほどです。
 「まぁ可愛い子ネコだこと!。私このTシャツ買おうかな」
「あら、あなたこの前ウサギのTシャツ買ったばかりじゃない。たまにはこんな風景画もいいんじゃない?。ほら、この海の絵なんか涼しげでいいわよ」
「いいの、いいの、私は洋服ダンスの中に動物園をつくってるんだから」
「へぇ、そうなのか。よほど動物が好きなのね」
「そうよ、でもね、私の家はアパートだから動物は飼えないのよ。だからせめてこんな安物の服の動物を集めてるって訳」
 そんな事を言いながら、彼女はさっさとレジへその子ネコのTシャツを持って行き、お勘定を済ませました。
 こうしてこの子ネコのTシャツは動物好きな彼女のものとなりました。


洋服ダンスの動物園


 彼女のショッピングバッグに入れられて子ネコのTシャツが来た所は、小さなアパートの一室。
 鏡の前に立ち、買って来たばかりのTシャツを自分の体に合わせてニッコリほほえむ彼女は、その後鏡の横にある洋服ダンスの所に行って、扉を開けました。そこにはウサギや犬や馬、ネズミや牛など、たくさんの動物たちのTシャツやエプロンなどが掛かっていて、本当にそこは洋服ダンスの中の動物園です。
 「あなたたちの新しいお仲間よ。仲良くしてね」
そう言いながら彼女は、自分の体に合わせていた子ネコのTシャツを洋服ダンスのハンガーに掛けました。


動物仲間


 あくる朝、洋服ダンスの扉をあけた彼女は「おはよう」と、その中の動物たちに朝の挨拶をおくりました。それから子ネコのTシャツに手をのばし、ハンガーからはずし、すぐに扉をしめました。
 しめられた洋服ダンスの中では、動物たちが文句を言いはじめます。
「今までだったら彼女『どれにしようかな』と、ボクたちを順番に指さして、たっぷり悩んでから決めてくれたのに、今朝は全然迷う事なくあの新入りを選んで行ったぜ!」
「そうよね、それはないわよね」
「いくら黄ばんでいたって、私にだってプライドがあるんだから…」
 そんな他の動物たちの抗議の声にもおかまいなしで、彼女はさっさと子ネコのTシャツを着て、お勤めに出かけて行きました。


 
ミーちゃん

 彼女が働いているのは、赤い屋根に水色の明るい壁の小さな幼稚園。彼女はこの幼稚園の先生なのです。子ネコのTシャツを着た彼女が、通園バスに乗ってやって来た子供たちを出迎えに門の前に立つと、「朝子先生!」、「おはよう!」と、黄色い声の子供たちが彼女の周りに集まって来ました。そぅ、彼女の名前は横井朝子。この幼稚園の子供たちから、「朝子先生」と呼ばれています。周りに集まって来る子供たち一人々々と握手をしたり、抱っこをしたり…。他の先生たちが「こっちへいらっしゃい」、「みんな早く教室へ入りましょう」とうながしても、子供たちは仲々朝子先生のそばから離れようとしません。
 「わぁ、朝子先生又新しい服着てる」
「ホントだ。ねぇそれどこで買ったの?」
「その子ネコの名前何て言うの?」
などと、子供たちの口からは次々と朝子先生に向けて色々な言葉が飛び出します。
 子ネコの名前は?と質問されて、朝子先生は「うーん」と考えこんでしまいました。
「そうね、この子ネコにも名前つけてあげなくっちゃね。でも先生忙しくて考えられないから、みんなで名前つけてくれないかな」
「わかった!」
「まかせといて」
「可愛い名前つけるからね」
「ありがとう。でもくれぐれもケンカしちゃダメよ」
「わかってるよ」
「そしたら今日帰るまでにみんなで考えておいて」
 こうして始まった幼稚園の一日はあっという間に過ぎて、いよいよ帰る時間になりました。子供たちはいっせいに又送迎バスの所に集まって来ます。
 子ネコのTシャツを着た朝子先生も子供たちの後から走って来ます。
「先生!」
朝、朝子先生の周りを取り囲んだ顔触れが又彼女の周りに集まりました。
「子ネコの名前決まったよ」
子供たちの中の一人が得意気に言うと、
「先生が言う通りみんなで考えたんだよ」と、別の一人が続けます。
「そう、ありがとう。それでどんな名前をつけてくれたのかな?」
朝子先生が聞くと、
子供たちは声をそろえて
「ミーちゃん!」と答えました。
 その時からこの朝子先生の新しいTシャツの上の子ネコは、ミーちゃんと呼ばれるようになりました。


子供達と


 「ねぇ朝子先生、明日は何着て来るの?」
幼稚園の帰り、送迎バスに乗りこむところで子供たちは毎日のようにそう尋ねます。
「そうねぇ、何がいいかしら?」
朝子先生があごのところに手を当てて考える人になると,子供たちは思い々々に
「トラの子太郎!」とか、
「かたつむりのヒロ君!」など、自分たちでつけた先生の洋服ダンスの動物たちの名前をあげます。
「それ昨日着て来たばかりだから、おもしろくないよ」
別の子が反対すると、
「いいじゃないか。あいつも可愛いよな」などと味方につく子もいます。
あんまり色々な意見が出てまとまらない時は多数決であくる日の先生の服か決められます。いつの頃からか朝子先生の服をめぐって、子供たちに話し合いの機会が与えられました。
 子ネコのミーちゃんのTシャツは一週間に二回くらいお声がかかり、雨の日など洗濯してしまうと乾くのが間に合わない時もあります。そんな時はもちろん着て行けませんが、朝子先生は紙袋の中に約束のミーちゃんのTシャツを入れて幼稚園へ持って行き、子供たちにさわらせて、着て来られなかった理由を話して聞かせます。
 ミ ーちゃんも朝子先生といっしょに子供たちと楽しく遊びました。ミーちゃんの一番好きな時間は、プール遊びをする子供たちを見守る時です。子供たちはふざけて時々先生の方にも水をとばして来ます。先生といっしょに悲鳴をあげて逃げ回りながら、ひんやりといい気分にひたります。だって夏の暑い時の冷たい水はだれにとっても何よりのごちそうですものね。


 ミーちゃんメガホン

 そのうちに涼しい風の吹く秋になり、子供たちも衣替えの季節を迎えました。半袖のTシャツの上のミーちゃんたちはしばらくお休みの季節です。朝子先生の手で夏服の衣装ケースの中へ収められたミーちゃんたちは、今度は長袖のTシャツやトレーナーの熊さんや豚さんやライオンさんとバトンタッチしました。これでミーちゃんたちは半年間お休みで、この次の自分たちの季節の出番を待ちます。
 次の年の夏も子ネコのミーちゃんたちは、元気いっぱいの子供たちと楽しく過ごし、三年目の夏を迎えました。
 ミーちゃんのTシャツは子供たちに人気があって、出番が多くなったので、それだけ洗濯回数も多く、いたみや型崩れが目立つようになりました。朝子先生はそのTシャツを手に取り、ミーちゃんとにらめっこして、「うーん」と考え込んでしまいました。
「このシャツもそろそろお暇をあげなきゃならないけど、あなたまで捨てちゃったら子供たちに叱られそうだし、どうしようかなミーちゃん?」
Tシャツの胸の上でミーちゃんは何だかとっても悲しい気分になりました。しばらくミーちゃんと朝子先生の沈黙のにらめっこが続きました。
「そうだ、いい事がある!。大丈夫よミーちゃん、まだまだ捨てたりしないからね」
朝子先生の明るい声に、ミーちゃんは安心して自分を彼女に任せました。
 その夜ミーちゃんはハサミでTシャツから切り離され、朝子先生のまくらの横で初めて彼女といっしょに寝ました。そしてあくる朝、彼女のバッグに入れられ、幼稚園へと向かいました。
 幼稚園ではいつも通り子供たちの声がにぎやかに響いています。
 朝子先生のバッグから取り出された子ネコのミーちゃんの切り取りは、彼女の手で、子供たちを呼び集めたりする時に使うメガホンにペったんこと貼りつけられました。朝子先生はそれを持って外のすべり台やブランコで遊んでいる子供たちの所へ行き、そのメガホンを口に当てて、
「みんな、いらっしゃ〜い」と、子供たちを呼びました。大好きな朝子先生の声に、一人二人と子供たちが集まって来ました。
「あれ〜、ミーちゃんがあんな所にいるよ!」
一人の男の子がその重大事件に気づいて叫ぶと、
「わぁー本当だ。どうしてあんな所に行っちゃったの?」と別の子も叫び声をあげ、たちまちメガホンを手にした朝子先生の周りは大騒ぎになりました。
「あのね、あのTシャツ大分くたびれて来ちゃったから、捨てちゃったのよ。だけどミーちゃんまで捨てちゃったら、みんなにおこられちゃうと思って、切り抜いてここへ貼りつけたのよ。これからはこのミーちゃんがみんなを呼ぶから、ミーちゃんに呼ばれたらすぐにかけて来てね」
朝子先生はそんなふうに、メガホンにミーちゃんが貼られた訳を説明しました。
「な〜んだ,そうだったのか」
「でもミーちゃんが捨てられなくてよかったね」
「私これからミーちゃんに呼ばれたらすぐ来るからね」
子供たちはミーちゃんがよみがえって自分たちの所に残った事を喜び合いました。
 その後子ネコのミーちゃんは、先生たちが子供たちを呼ぶ時に大活躍してくれました。
メガホンの上でミーちゃんが呼ぶと、今まで先生の言う事を聞かなかった子も素直に先生の所へとんで来るようになったのです。
 「みんないらっしゃい」
子ネコのミーちゃんは今日も元気な子供たちを呼び続けています。

                   お わ り





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