出会い

 『お姉ちゃん、お元気ですか?』
遊野ちゃんは今日もその人に手紙を書いています。
 その人と初めて会ったのは、遊野ちゃんが小学四年生の夏…。お父さん、お母さん、弟の太郎君、そして遊野ちゃんの一家四人で、一泊どまりの旅行を兼ねて、ある小さな集まりに参加した時のことです。
 お兄さんタイプやおじさんタイプの男性諸君の多い中、女性といえば、遊野ちゃんとお母さんと、そして何とも頼りなげなその人との三人だけ、”女の子のお友達がもっといると思ったのになァー”。遊野ちゃんはちょっぴりがっかりでした。
 そんな遊野ちゃんにはおかまいなく、他の大人の人達はお互いにすぐ仲よくなり、その人ともひと足お先に言葉を交わしたらしいお父さん、「これが家の奥さんと子供たち、遊野と太郎です」と、その人に遊野ちゃん達を紹介してくれました。「こんにちわ」と遊野ちゃんと太郎君に声をかけたその人は、お母さんとも「はじめまして」とか何とか、初対面らしい挨拶を交わしていたっけ…。
 すぐにその人とお母さんは仲良くなり、何やらさかんにおしゃべりをはじめした。
 遊野ちゃんと太郎君は、お父さんの後を追い掛けたり、二人でふざけ合ったり…。
 「お風呂が沸きましたよ」。しばらくするとこの民宿のおばさんが知らせに来てくれました。それじゃ食事の前にお風呂に入ってサッパリしてきましょうということになって、お父さんやお兄さん達からお風呂に入りました。太郎君はお父さん達と入ったのですが、遊野ちゃんはお母さん達と入るのに、後の組に残りました。
 お父さん達がお風呂からあがって来て、やっと遊野ちゃん達の入る順番が回って来ました。遊野ちゃんとお母さんとその人の女性トリオがいっしょに入りました。
 その人は手がダメなようで、着替えから洗うのまで全てお母さんがお手伝いをします。
遊野ちゃんもお父さんから手伝ってあげるようにと言われたのに、残念ながら遊野ちゃんにできることはあまりなさそうです。それがちっぴり悲しくて、「遊野は小さいから手伝えないのね」と、その気持ちをお母さんにぶつけたら、「そんなことないよ。戸を開けてくれたり、洗面器にお湯くんでくれたり、それだけでもずい分助かるのよ」と、お母さんの言う後から、「そうよ」と、その人もニッコリ微笑みます。それで遊野ちゃんはやっと気持ちが楽になりました。
 遊野ちゃん達がお風呂からあがって来ると、夕食の用意ができていて、大きなテーブルの上には、ごちそうがいっぱい並んでいます。遊野ちゃんは、太郎君のそばに座りました。お母さんは、その人の右側に座り、ここでもお手伝いです。
 その夜はみんなでそこに泊まって、あくる朝食事をして、ひと休みした後、みんなとさよならして、家へ帰りました。
 その時はただそれだけのことだったですが、それから一週間程たったある日、お母さん宛にその人からお手紙と、あの時約束したとかで、一冊の詩集が届きました。お母さんは、あの時のあの人からよと言って、その手紙と詩集を遊野ちゃんにも見せてくれました。
 そして次の日の夜、お母さんがその人にお返事を書くというので、遊野ちゃんも何となく書いてみたくなり、お母さんといっしょにその人に手紙を書いて、ポストへ投げ込みました。
 そしたらその二週間後に、今度は思いがけなく遊野ちゃん宛に、その人から手紙が来たのです。
 書くことの好きな遊野ちゃんは、今までにも色んな人に手紙を書きましたが、返事をくれるのは京都にいるおばあちゃんくらいなものでした。だからこうしてその人から手紙がもらえたことは、遊野ちゃんにとってすっごくすてきなことでした。それで遊野ちゃんはもう夢中で、すぐに又その人に手紙を書きました。
 遊野ちゃんとその人との楽しいお手紙のやりとりは、こうして始まったのです。


家族を紹介

 柳 遊野ちゃんは、小学四年生。弟の太郎君は、今年の春小学校に入学したばかりのピカピカの一年生。お父さんは、家の近くに開いている授産作業所の、指導員兼、作業員兼、所長兼の、要するに何でも屋。お母さんは、幼稚園のベテラン先生。
 昼間はお父さんもお母さんもお仕事なので、家にはだれもいないのですが、家からほんの数メートルも離れていない所にお父さん達の作業所があるので、何かあればすぐにそこへかけ込んで行けるし、又、何もなくても、一日に何回となく入り込んでは、そこでお手伝いも兼ねて遊んでいることの多い遊野ちゃん達です。
 そんな家族のことや、自分の趣味や、身長、体重、それに自己ピーアールなどを、遊野ちゃんはその人への手紙に書きました。
 そしたら、その人も次の手紙で自分の家族を紹介してくれました。
 その人のお家は六人家族。電話局にお勤めしているお父さん、お家のそばで婦人服作りの縫製工場をやっているお母さん、その人と二つ違いで、今、お母さんの工場を手伝っている妹。高校二年生の弟。それにもう一人、太郎君と同じ小学校一年生の弟。この一番下の弟とその人は年が十七も離れているので、少し前までは弟というより、保育園の保母さんと園児みたいな感じだったとか。
 『こんな家族に囲まれて、毎日ダメ姉ちゃんぶりを発揮しています。』とのこと。
 遊野ちゃんがバレーボールをやっていることを話したら、その人とても喜んでくれ、『私もバレーボールが大好き。だからバレーやっている人にはすぐあこがれてしまうだぁ−。練習がきびしくて、逃げ出したくなることもあるだろうけど、どうかそんなことにくじけず、ぜひ続けてちょうだい。そして私の分もがんばってネ。』とのお言葉。「よーし。やるぞー」。何だか急にやる気が湧いてきた遊野ちゃんです。


お姉ちゃんができた

 お父さんやお母さんに叱られた時、弟の太郎君は、泣きベソかきながら、「お姉ちゃ〜ん」と遊野ちゃんの所へ救いを求めに来ます。又、宿題が分からない時、太郎君は隣で勉強している遊野ちゃんの耳元で、「お姉ちゃん、教えてよ」とささやき、両手を合わせてお願いのポーズをとります。時々つまらないことでケンカしてしまうことはあっても、やっぱりいざという時、太郎君は遊野ちゃんを大いに頼りにして、くっついて来ます。
 だけど…と、遊野ちゃんは考えます。太郎君には私というお姉ちゃんがいるけど、太郎と二人きょうだいの遊野ちゃんには、当然のことながらお兄ちゃんもお姉ちゃんもいません。お父さん達に叱られて、泣きベソかきながらお部屋へ戻っても、ハンカチ貸してくれる人もいないし、宿題が分からなくて困っても、お母さん達に内緒でこっそり教えてくれる人もいないのです。私にもお兄ちゃんかお姉ちゃんがいたらなァーと、ついついそんな思いにかられてしまう遊野ちゃんは、時々お母さんに、「ねぇ、私のお兄ちゃんかお姉ちゃんを産んでよ」なんて無理な注文をつけ、困らせます。
 その人への何度目かの手紙の中で、遊野ちゃんは、そんな自分の気持ちを素直にうちあけ、思いつくまま『私のお姉ちゃんになって下さい』と、お願いしました。
 待ちに待ったその人からの返事は、十日後に届きました。
 『私もきょうだいの中で一番上なので、甘えられるお兄さんかお姉さんがほしいなァーって、ついつい無い物ねだりをしてしまうのよ。だからお姉ちゃんがほしいという遊野ちゃんの気持ち、すごーくよく分かるなァー。いいよ、こんな私でもよかったら、お姉ちゃんになってあげるわ。全然頼りなくて、何のお役にも立たないだろうけど、お父さんやお母さんに言えないことなんか、何でも私に話してちょうだいね』。
 遊野ちゃんは、自分の気持ちを分かってくれる人がいたということが嬉しくて、何度もその手紙を読み返しました。そしてその手紙に向かって「お姉ちゃん」「お姉ちゃん」と、何回となく声に出して呼びかけてみるその言葉は、やっぱりすてきでした。
 たしかに全然頼りなげな感じの人ではあるけれど、遊野ちゃんにも一応「お姉ちゃん」と呼べる人ができたのです。


メガネ

 「ねェ、お姉ちゃんたらァ〜」という太郎君の呼びかけにも、「うーん」とウアノソラで、何やら深刻そうに考え込んでいることの多い近頃の遊野ちゃん。それも鏡に映った自分の顔とにらめっこして、口の中で何事かブツブツつぶやきながら、目の周りに親指と人指し指でまるい輪を作ったりして、考える人になっているのです。
 それというのは、遊野ちゃん最近急激に視力がおちてきちゃって、教室で勉強していても、先生が黒板に書く字が見えにくくなってしまい、隣の席の子に「あれ何て書いてある?」なんて、こっそり聞いたりしていたのですが、そんな落ち着きのなくなった姿勢を先生から注意され、わけを話したところ、それならメガネをかけた方がいいよ、とすすめられたのでした。
 だけどそれまでメガネと自分とをむすびつけて考えてみたこともなかった遊野ちゃんには、ちょっとばかり勇気のいることです。メガネなんかかけたら、何だか今までの自分の顔とまるっきり違ってしまうような気がして、こわかったのです。
 でもやっぱり黒板の字が見えなくては困ります。遊野ちゃんはコンタクトレンズのことを考えたのですが、あれは扱い方がむずかしく、子供には危険な面もあるというので、お母さん達は断然メガネ説を押してきます。そして、「メガネかけたって、マスクかけたって、遊野は遊野に違いないんだから…」というお父さんの言葉で、ようやくメガネをかける決心をした遊野ちゃん。
 ちゃんとした視力検査の後、メガネ店で視力に合ったメガネを買って来ました。
 翌朝少しとまどいながら、そのメガネをかけて学校へ行ったら、やっぱりみんなに騒がれる羽目になってしまいましたが、先生は、「おー柳、いいじゃないか。これで先生のすてきな顔もはっきり見えるだろう」なんて喜んでくれ、やっぱりメガネをかけてよかったなぁと思いました。
 メガネをかけ始めたこと、遊野ちゃんはさっそくお姉ちゃんにも報告しました。
 『これ以上目が悪くなったら困るよ〜』ってなげく遊野ちゃんに、
 『遊野ちゃんがそんなに目が悪かったなんて知らなかったなァ。メガネをかけた遊野ちゃんの顔、ちょっと想像できないけど、今度会った時分かるかなぁ』ってお姉ちゃん
だから遊野ちゃんは、メガネをかけた自分の顔を鏡に映しながら似顔絵をかいて、
『こんな顔になったから、よろしくネ』と、お姉ちゃんに送ってあげました。
『オッケー、しっかりと心に入れておくからね』とのお返事でした。


ポストの中には

 「じゃあね」、「またね」。学校からの帰り、仲良しさんとさよならした遊野ちゃんは、家の玄関まで、ちょっぴり自信のある足にラストスパートをかけ、風をきって走って帰ります。玄関先まで来ると、ガラガラッと戸を開ける前に、必ずポストをのぞくことは、今では遊野ちゃんの日課の一つになり、習慣のようになりました。
 何年か前まではポストをのぞいたって、お父さんやお母さん宛のハガキや封書ばかりで、遊野ちゃん宛のものなどめったになかったので、つまらなかったんだけど、お姉ちゃんと文通するようになってからは、時々、『柳遊野様』と書かれた可愛い封筒が入っているようになったので、ポストをのぞくのが楽しみになりました。だから学校から帰って家の玄関先まで来ると、自然にポストの方へ目がいき、手が延びてしまうのです。
 ポストの中にお目当てのものが入ってなかった時は、取り出したお父さんやお母さん宛のどうでもいい郵便物を、一応手にブラブラさせ家の中まで持って来て、テーブルの上にポイッと無造作に置いたらそれっきりなのですが、時たまその中に『柳遊野様』と書かれたものをみつけようものなら、もう大変!
ダダダダダーッと、まるで嵐のようないきおいで家の中へなだれ込み、その他の郵便物などそこら辺へまきちらかしてお部屋へかけ込み、ランドセルを肩からおろす暇も惜しんで、その手紙の封を切り、食いつくように読みはじめるのです。
 そんな時は、先に帰って遊野ちゃんの帰りを待っていた太郎君の「お姉ちゃん」という呼びかけも耳に入りません。だから太郎君は、こうして時々遊野ちゃん宛にくる手紙にちょっぴりヤキモチをやいている程です。
 それもそのはず、お姉ちゃんに手紙を書いた時から、なぜか向こうからの次の手紙が待ちどおしくて仕方のない遊野ちゃんなのです。
 そんな自分の気持ちをお姉ちゃんにも話しました。そしたら
『私もたくさんの人と文通しているから、やっぱり毎日手紙ばかり待ってるわ。遊野ちゃんも私の手紙待ってくれているようで、うれしいなー。私の手紙を待っててくれる遊野ちゃんの気持ち、すごくよく分かるから、遊野ちゃんにはなるべく早くお返事をと思い重いながら、なぜかついつい私からの手紙の方が遅れがちになってしまって、ごめんなさいね』って、お姉ちゃん。
 「いいのよ、そんなこと…」と優しくつぶやきながら、遊野ちゃんはその手紙に、チュッパッと、すてきな投げキッスを贈ります。


お誕生日

 今日、遊野ちゃんは学校で、とっても不思議な発見をして来ました。
 放課後、久し振りにみんなで残って、クラス全員の誕生日の表を作ったのですが、みんなで作った表を教室のうしろの壁に貼って、お互いにそれぞれの仲良しさんのお誕生日を確かめ合っているうち、ふと遊野ちゃんの目が先生のらんの所に止まりました。そこには、『二月十三日」と書いてあります。“あれェー、変だわ”と思いながら、メガネをハンカチで拭いて、もう一度よく見直してみたのですが、やっばり『二月十三日』に間違いありません。遊野ちゃんはあわてて先生の前に飛び出して行き、「ねェ先生、先生のお誕生日、本当に二月十三日なの?」と聞いてみました。他の女の子達と何かおしゃべりしていた先生、そのままの姿勢で、「ああ、そうだよ」と、かるく答えます。「本当にホント?」と、もう一度遊野ちゃん。この二度目の問いかけには、さすがの先生もちゃんと遊野ちゃんの方に向き直り、「本当だよ。どうしてだ?」、「だって、だって…」。興奮気味の遊野ちゃんの口からは仲々次の言葉が出てきません。「おいおい、いったいどうしたって言うんだ。落ちつけよ」と、遊野ちゃんの肩に手を置く先生。遊野ちゃんは、さっき貼ったばかりのお誕生日表の所へ先生を引っ張って行き、「これ見てよ」と自分のらんの所を指さしました。
「何々、二月十三日…。おー柳、君の誕生日、先生と全く同じなのか?」、「そうなのよ!、こんな不思議な偶然ってあるかしら」。「へェーこれは驚いたなー」と、頭をふりふり先生。そして教室中にひびく声で先生、「えー、今からこのクラスのびっくりニュースを伝えま〜す。何と、何と、先生の誕生日と、柳の誕生日が二月十三日で、全く同じだということが分かりました」。
 「えーッ本当?」、「うっそ〜」などと言いながら、クラスメート達はお誕生日表をもう一度確かめ、そしてワイワイガヤガヤと言いながら、遊野ちゃんと先生の周りに集まって来ます。
 何だか不思議な感激で胸がいっぱいになりそうなひと時でした。
 今日のこのクラスの大発見を、家へ帰ってお父さん達にも話しました。
 そして、日は違うけど、同じ二月生まれのお姉ちゃんにも話しました。そして
『お姉ちゃんの知っている人でお姉ちゃんとお誕生日が同じという人はいないかな?」と聞いてみたら、
『親しい人の中にはちょっといないようだけど…、あーそうそう、遊野ちゃんは歌手の都はるみさんって人知っているかな?。その人もたしかに私と同じ二月二十二日生まれだって聞いたことがあるわ』とか…。
 へぇー、やっぱりいるものなんですね、自分と同じお誕生日の人も!


お父さんの再出発

 もうすぐ桜の花も満開という春休みの日曜日、遊野ちゃん達は、お父さん達の作業所で朝からいそがしく動き回っています。いつも幼稚園とお家のことに手いっぱいで、このお家のそばの作業所にもあまり顔を出せないお母さんも、今日ばかりはトレパンスタイルで荷物をかつぎ出したり、雑巾がけをしたり、お父さんの命令で作業所の中をあっちに行ったり、こっちに来たり、あわただしく走り回っています。
 遊野ちゃん達一家がこの日、作業所の中でどうしてこんなにドタバタしているかというと、このお父さん達の授産所が、市内にあるもう一つの授産所といっしょになって、四月から新しい所へ移転することになり、今日はその引っ越しの準備やら、後片づけに大わらわなのです。
 長い間お父さんが守ってきた、この小さな授産所も、その頑張り振りがようやくみんなに認められ、これからは市経営の作業所として、大きく再出発しようとしているのです。
 今、ハチマキをしめて後片づけに励んでいるお父さんの胸には、これからへの期待と共に、今まで仲間達と頑張ってきた数々の思い出がよみがえっていることでしょう。
 遊野ちゃんがもうすぐ五年生になろうとしている春休みのことでした。
 ところで、お父さん達といっしょになるもう一つの授産所の、お父さんと同じく何でも屋さんだった人とお姉ちゃんがお友達だったことから、遊野ちゃんのお父さん達の仕事場も移転することを聞いたらしく、しばらくしてお姉ちゃんからこんな手紙が届きました。『今度お父さん達の仕事場がちょっぴり遠くへ移転したんですってね。今まではお家の近くにお父さん達の仕事場があったから、お母さんがお仕事で遅くなっても、遊野ちゃん達平気だっただろうけど、お父さん達がお家から離れたところへ行ってしまい、学校から帰っても今までのようにお父さんの顔のぞきに行けなくなって、遊野ちゃん達ちょっぴり心細くなったじゃないかなって、心配しているんだけど、でも遊野ちゃんももう五年生だし、太郎君と二人でしっかりお留守番してるかな』
 遊野ちゃんちゃんは心配してくれているお姉ちゃんに、すぐ返事を書きました。
『心配してくれてありがとう。でも大丈夫だよ。お留守番ならまかせといて、本当にちゃんとやってるからね』。


すてきな計画

 時々遊野ちゃんは、お母さんの本箱から、お姉ちゃんが送ってくれた詩集をちょいとしっけいして、パラパラとページをめくります。
 お姉ちゃんの楽しい詩や、おセンチな詩を読んでいるうち、ふとすてきなことを思いついた遊野ちゃん、すぐ引出しから便せんと封筒を取り出し、ワクワク気分でお姉ちゃんに手紙を書きました。
『ねぇお姉ちゃん、私今とってもすてきなことを思いついたのよ。お姉ちゃんと私で文集を作ってみない?。私物語いっぱい書くから、お姉ちゃんは詩をいっぱい書いてよ。」
『文集作りのお話、もちろん私も大賛成!二人で頑張ってすてきな文章を作りましょう。』とお姉ちゃん。
 すぐにお姉ちゃんから賛成のお返事をもらって、遊野ちゃんはそれからお家のお手伝いや、学校の宿題のあいまに、お話を書きはじめました。だけどお話作りは仲々思うように進みません。そこで遊野ちゃんは,又ちがった相談をお姉ちゃんに持ちかけてみました。
『お話いっぱい書こうと思って、張りきっていたけど、仲々進まないんだぁー。詩ならいっぱい思いつくんだけど…。ねぇ私も詩ではダメかしら?』
『お話作りは思うようにはかどらなかったみたいネ。詩でもいいじゃない。二人の詩集にしようよ』とお姉ちゃん、このことにもあっさり賛成してくれ、二人の詩を10編ずつ出し合って、一冊の詩集を作ることになりました。
 しばらくしてお姉ちゃん、自分のノートの中から、約束通り10編の詩を送って来ました。
詩集の題名も二人で考えて決めました。二人の心の宝石をいっぱいつめ込んだ詩集ということで、『ゆのと みちこの ほうせきばこ』と、これがその詩集の題名です。
はじめに予定していた、お父さんのお誕生日プレゼントには、残念ながらちょっと間に合いそうにないのだけど、すてきな二人の詩集作りは、遊野ちゃんとお姉ちゃんの夢をのせて、完成に向かって一歩一歩確実に進み始めました。遊野ちゃんの、小さいけど、真心あふれる暖かい手の中で…。


ちょぴりの再会

スポーツの秋、行楽の秋…。
遊野ちゃん達の学校でも、運動会や遠足など、楽しい行事がいっぱい予定されていて、青空の下で何となく心がはずむ今日この頃。
 「たしかお姉ちゃん、一年中で秋が一番好きだって言ってたっけ…。」遊野ちゃんがふとそんなことを思い出している時、お姉ちゃんからこの季節にピッタリの楽しいお便りが届きました。
『私たちの会では、今度の日曜日、日帰りバス旅行で、最近紀伊長島に新しくできた、リクレーションセンター孫太郎というところヘ行くことになったんだ!。去年もここへ行くつもりだったんだけど、雨でダメになっちゃって、それで今年もう一度というわけなんだけど、さて、今年は大丈夫かな?。てるてる坊主でも作ろうかしら。遊野ちゃんもお天気になるように祈っていてネ。じゃあ行ってきます。』
 リクレーションセンター孫太郎といえば、今ちょっと評判になっている所なので、遊野ちゃんも聞いたことがあります。子どもの遊び場はもちろ、スポーツセンターや、結婚式場もあるんだって、だれかが話していました。
 遊野ちゃんの頭にふと何かがひらめいた頃、お父さんの仕事仲間であり、お姉ちゃんのお友達でもある人から、お父さんもその話を聞いて来たらしくて、思いがけずにそのことがお茶の間の話題にのぼったことから、遊野ちゃんはここぞとばかり身を乗り出しました。
「ねぇ、私たちもいっしょに行こうよ。」
「えーぇ?」とはじめは驚いた様子だったお父さんですが、次には「そうだなァー」と考える姿勢になり、「どうしようか?」と、そばにいるお母さんに相談を持ちかけました。「いいんじゃない」と、かるく応じたお母さんの言葉に、思わず「バンザ〜イ」と叫んでしまった遊野ちゃんです。
 その日はかけ足でやって来ました。
 もう少し早く出掛けられると思ったのに、お母さんがお掃除もお洗濯もと欲張るので、遅くなってしまい、お姉ちゃん達が集まっている芝生の広場に着いたのは、お昼過ぎ、お天気があやしくなってきたので、そろそろと、お姉ちゃん達が帰りじたくをはじめた頃でした。
 「お姉ちゃ〜ん」と遊野ちゃんは一番会いたい人の所へかけ寄って行きました。だけどもお姉ちゃん、「はーい」と返事をしてふりかえったものの、どうもあまりピンときた様子ではありません。まさか今日遊野ちゃん達がここへ現れるなんて想像もしていなかったのでしょう。それに、顔を合わせることのなかったこの一年あまりの間に、遊野ちゃんがすてきな女の子に変身していたので、一瞬だれだか分からなかったかのも知れません。でも、すぐに合点がいったようで、お父さんやお母さんとも、なつかしいご対面の挨拶を交わすお姉ちゃん。
 遊野ちゃんが、お姉ちゃん達がお遊びに使ったらしい残り物のふうせんでちょっと遊んでいるうちに、お姉ちゃん達はもう帰りのバスに乗り込んでいました。もう少しお姉ちゃん達と遊びたかったなァーと思いながら、遊野ちゃんはお父さん達と、お姉ちゃんの乗ったバスを見送りました。
 あまり短い時間のことで、その時は、「あ〜ァ」とため息がもれそうだったけど、この一年三か月振りのお姉ちゃんとのご対面の感激は不思議な事に後からじわじわと湧いて来るのでした。


二人の詩集

 遊野ちゃんの十一回目のお誕生日をちょっぴり過ぎてしまったある日、お姉ちゃんからお誕生日カードが届きました。『お誕生日おめでとう!』の言葉といっしょに、
『ところで遊野ちゃん、私たちの詩集作りはどうなっちゃったのかな?。せっかくすてきなことを思いついて、やり始めたんだから、最後までやろうよ。』
 二人で詩集を作ろうと計画して、もうだいぶんたってしまったので、お姉ちゃんったら、遊野ちゃんがもうあきらめてしまったんじゃないかと、心配になったのです。でも遊野ちゃんは少しずつコツコツと進めていました。だから遊野ちゃんはすぐに手紙を書いて、お姉ちゃんを安心させてあげました。
『私たちの詩集、もうすぐできるから、待っててね。ところでお姉ちゃんは、この詩集何部ぐらいほしいのかな?』
 『詩集作り、遊野ちゃんちゃんとやっててくれたみたいで、安心したよ。何も知らないのに、お説教じみたこと言っちゃって、ごめんね。えー私は、お友達がたくさんいるので、そうだなー、二十部ぐらいほしいんだけど、いいかな?』
『オーケー、お姉ちゃんの分二十部ちゃんと用意するよ。もう少し待っててね。』
 それから遊野ちゃんは猛烈にがんばりました。そしてその春、二人の詩集『ゆのと みちこの ほうせきばこ』は、りっぱに完成しました。
 早速お姉ちゃんに届けたいんだけど、どんな方法で届けようかと考えていたら、お父さんが知恵を貸してくれました。お父さんの仕事仲間であり、お姉ちゃんの友達でもある、あのおもしろいお兄さんに預けておいて、今度お姉ちゃんと会った時渡してもらおうということで、お父さんがそのお兄さんに預けてくれたのです。だけと、そのお兄さんとお姉ちゃん、仲々会う機会がなかったみたいで、お姉ちゃんの手元に詩集が届いたのは、それから三か月も後のことだったようです。
 七月の終わり頃、お姉ちゃんからこんな手紙が届きました。
 『詩集たしかに受け取ったよ。ウ〜ンやっとできたんだね。本当に長い間がんばってくれて、ご苦労さまでした。私の詩の所にもすてきな絵をいっぱい添えてくれて、もう感激!。詩集の完成を祝って、ジュースででも「カンパイ!」といきたいところだけど、こんなに離れていてはちょっと無理だね。』
 遊野ちゃんは、お姉ちゃんがこんなに喜んでくれるなんて思っていなかったので、すごくうれしくなりました。
 そしてお父さんに、このお姉ちゃんの手紙をみせたら、
「よし、そしたら今度みんなでお姉ちゃんの所へ行こう。そしてみんなで乾杯しよう。」なんて言ってくれたから、もう最高!
 でもなぜか、このお姉ちゃんとの三度目のご対面と、詩集の完成をお祝いしての「カンパ〜イ」は、今だにまだ実現せず…。


子犬

 遊野ちゃんの家族は、お父さん、お母さん、太郎君、そして遊野ちゃんの四人、たしかに人間様の家族はこの四人だけなのですが、この家の中で食事をして、仲良く過ごしているのは、まんざらこの四人だけではなさそうです。
 今まで紹介しなかったその他のものたちを改めて紹介すると、犬が一匹、小鳥が二羽、金魚が六匹、それに夏休みの今は、ザリガニが一匹、オタマジャクシが二匹、ドジョウが二匹と、ますますにぎやかで、おまけに犬のハナにはもうすぐ赤ちゃんが生まれるのです。
 遊野ちゃんは、このわが家のかわいい仲間たちのことを、まだお姉ちゃんに紹介していなかったのを思い出して、おくればせながら夏の手紙の中でみんなを紹介しました。
 一週間ぐらいして届いたお姉ちゃんのからのお返事には、こう書いてありました。
 『ヘェー〜、遊野ちゃんの所、そんなに大家族だったなんて知らなかったな!。動物好きな人は気持ちが優しいって言うけど、なるほど、遊野ちゃんも、お父さん達も、みんな優しい人達ばかりだもんね。そういえば遊野ちゃんの詩も、動物のことを書いたものが多いし、ウ〜ン。これですべて納得!』
 何だかくすぐったくなった遊野ちゃんです。
 川やプールで遊んだ証拠の水着のあとをクッキリと残して、楽しかった夏休みはあっという間に過ぎてしまいました。
 二学期が始まって間もない九月のはじめ、予定通りの犬のハナに赤ちゃんが生まれました。それもコロコロかわいい赤ちゃん犬が四匹です。あんまりかわいいので遊野ちゃんは、その生まれたばかりの四匹の子犬のことを詩に書いて、お姉ちゃんに送りました。
『    子犬
     四匹の小さな犬よ、
     四つの命よ、
     チョコチョコ動き回っている。
     でもまだ走ったり、歩いたりはできないよ。
     ヨチヨチ歩くのはいつかしら?
     トコトコ走れるのはいつかしら?』
 だけど、この四匹みんな我が家のお仲間に入れるわけにもいかないので、メスの一匹だけ残して。後の三匹は、生まれる前から約束していたそれぞれのお家へもらわれて行ったのです。
 一匹だけ残したメスのかわいい子犬には、ホシという名前がつきました。ホシはハナをはじめ、このお家の中のたくさんの先輩達に見守られて、スクスクと育っています。
 ホシのおかげで、遊野ちゃん達一家の夜のだんらんのひと時も、ますます明るくなりました。


切手とびんせん

 遊野ちゃんのペンフレンドもだんだん増えてきました。おもしろい話をいっぱい書いていろんな事について楽しく意見の交換をし合う人…。こんなふうにいろんな人から、いろんな手紙がもらえるのは、うれしいものです。もちろん遊野ちゃんも、その一人々々に心をこめて手紙を書いています。
 こうして、いろんな人達からいただいた手紙が、もうだい分たまってきました。
 「よ−し、今日はお留守番しながら、手紙の整理でもしようかな」と思い立った遊野ちゃん、さっそくガザゴソとやり始めました。引出しの奥にかくれんぼしていたのやら、本のページとページの間にサンドイッチにされていたのやらを一ヵ所に集め、用意したきれいな箱に入れようとしたのですが、その前にチョットと、中をのぞいたりしているうち、とうとう今までに来た手紙をみんな読み返してしまいました。
 お姉ちゃんからの手紙もそうとうたまっていますが、そのお姉ちゃんの手紙だけ、何となく他の人のものと違うような気がして、どこがどう違うのか確かめる為、その中のお姉ちゃんの手紙だけ取り出してみました。お姉ちゃんの手紙を両手いっぱいに抱かえ、下に置き去りにした他の手紙と見比べているうち、「これだ!」と、とってもすてきなことに気がついたのです。
 他の人の手紙には、ごくアリキタリの切手が貼ってあるのに、お姉ちゃんの手紙には色々とかわった、そう、切手コレクションをしている人が欲しがりそうな、めずらしい切手が貼ってあるのです。
 それに、さっき読み返した時、もうひとつ何かあったような気がして、あわててもう一度中身を確かめてみました。ウーン、やっぱりありました。!
 お姉ちゃんの手紙は、どんな時でも最低二枚のびんせんを使ってくれているのです。それもほとんどが三枚で、たまには四枚のものもあります。
 遊野ちゃんは何だがとってもうれしくなって、この二つのすてきな大発見を、さっそくお姉ちゃんに知らせました。
 その後のお姉ちゃんからのお返事…。
『私の手紙から、すてきな発見をしてくれたみたいね。切手のことは私自分では全然気がつかなかったわ。私、切手はいつも、近くの小さいけど大体何でも売っているお店で買うんだけど、そういえばそこのおばさん、よくめずらしい切手を出して来てくれるわ…。中身のびんせんの枚数のことについては、自分がびんぜん一枚きりのうすっぺらな手紙をもらうと、何となく味気なく感じてしまうので、こちらから出す手紙はなるべく、びんせん二枚以上使って書くようにしているんだ!。だれでも感じることは同じだと思うからね。』
 『よーし、私もこれから…』と意気込み、又々引出しからびんせんを取り出し、鉛筆をギュッとにぎりしめる遊野ちゃん!


はばたきへの贈り物

 その冬は何十年振りというきびしい寒波に見舞われ、日本中が凍りついてしまうんじゃないかと思われる程でしたが、そんな中でも、元気者の遊野ちゃんは、集団風邪のとばっちりでダウンすることもなく、クスンとちょっぴりの鼻風邪程度で、ハラツラと乗り切りました。
 そして今はいろんな動物や草花達がいっせいに息を吹き返す季節…。そう、春です。冬の寒さがきびしかっただけに、今、あたり一面にまんべんなく注がれる春の陽が、いっそう優しく感じられます。
 小学校の卒業式の感動の余韻に浸りながらも、中学校への入学の準備に、何かとあわただしく、落ちつかない気分の遊野ちゃんです。
 これから飛び込もうとしている中一時代には、何かすてきなことがいっぱい待っていてくれそうな気がして、自然に心がはずんでしまいます。
 そんなルンルン気分の春休みを過ごしている遊野ちゃんのもとに、ある日ちょっぴり大きめの封書が届きました。
 それはお姉ちゃんからのものです。お姉ちゃんからこんなに大きな封書が届いたのは初めてなので、いったい何かしらと、ワクワク気分で封を切りました。
 中には一冊のレポート用紙にとじられたものが入っていましたが、手紙が同封されていたので、まずその手紙の方から読んでみました。それを最後まで読み終わらないうちに、遊野ちゃんはもうたまらなくなって、ふるえそうな手で、レポート用紙にとじられた表紙の部分をそっと開いてみました。次の瞬間、遊野ちゃんの口からは「わあ〜!」という感激の声。それは、遊野ちゃんの中学への入学祝いの、お姉ちゃんからのプレゼントだったのです。
 お姉ちゃんが、中学への入学祝いに何をプレゼントしてくれたかというと、遊野ちゃんがこの三年近くの間に、お姉ちゃんに書き送った手紙をもとにして、ひとつのお話を書いてくれたのです。『遊野ちゃんの文通日記』と題する、この一冊のレポート用紙にとじられたものが、それでした。
 遊野ちゃんはもう夢中で読みはじめました。『遊野ちゃんをモデルにして書いたと言っても、ほとんどが私の独断的空想で、ウソッパチだらけのお話になっちゃったわ』なんて、同封の手紙に書いてある通り、たしかにウソッパチだらけのお話ですが、まさかあのお姉ちゃんがこんな楽しいお話を書いてくれるなんて夢にも思っていなかったので、そんなウソッパチなんか簡単に許してあげられそうです。遊野ちゃんにとって本当に思いがけない贈り物でした。
 このお姉ちゃんからプレゼントされた『遊野ちゃんの文通日記』を、小学校時代の良き思い出として、しっかりと心のアルバムの中におさめ、今、新しい思い出づくりの中一時代に向かって、夢いっぱいの第一歩を踏み出そうとしている、柳遊野ちゃん、十二歳…。

                  お わ り












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