1月18日
強風吹き荒れる中で年明けとなった2011年。
いよいよ7月には今までのテレビが見られんようになるんで、ミッチールームも地デジ化対策が迫られとる。
新しいテレビ買わんでも、デジタル用のチューナーつけたら見れるらしいし、今あるテレビはビデオ機能も内蔵されとるんで、愛着もあるようじゃが、これを機に自分の部屋でも衛星放送を楽しめるようにしてもらうのもええなぁって思うところもあって、只今近所の電気屋さんと相談中や。
 パソコンも欲張って色んなデータ入れとるんで、処理スピードが遅うなって、拉致あかへんし、これもどうどせぇなあかんのと違うんやろか?
まぁ、何よりもどうどせぇなあかんのは、ミッチー自身やろけどな。
  

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月9日
昨日はここら辺では厄払いの餅まきに湧いとった。
近所でも一軒あって、そこの人は日頃からミッチー親子を気遣ってくれとるんじゃが、ミッチーにも拾いに来てほしいが、むずかしかろうからっちゅうて、まく前の餅や菓子を持って来てくれたんや。
冬太りして、ちょっとダイエットでもしたらどぅやって勧めとったとこやが、小袋入りの菓子色々もろたんで、テレビ見ながらむしゃむしゃもぐもぐやっとる。
掲示板ではあこがれのセーラー服のアイコン作ってもろて喜んどるが、現実とのギャップが大きくなるばっかやがな。
そんなに皆さんだましてええんかいなぁ。

      2月28日
俗に2月は逃げる月と言われとるが、ミッチーにとっては風邪でしばらくぐずついとったこともあって、何にもせんうちに過ぎてしもうた感じや。
まぁ一応その間には54回目の誕生日があって、長いこと冗談半分に突っついとったモンを本間に持って来てくれる人がおって、わしもそのおいしそうな匂いだけ頂戴したがのう。
 明日から3月やけど、それらしい話題もないんかいのう。
花粉も飛んどるし、冬眠しとった動物たちも活動し始める頃やのになぁ。





  
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         3月15日
関東・東北地方の大地震から4日、地震と津波と放射能漏れのトリプルパンチを受けた被災地の様子が連日連夜テレビに映し出されとる。
建物は崩れ、その周りに車や電車や船などが点々とあるすさまじい光景や。
海外からの救助隊も続々と被災地入りして救助活動や瓦礫の撤去作業に当たってくれとるが、焼け石に水という感じや。
そんな中、今日は二人の生存者が助け出されたというさか、人間の生命力はすごいもんじゃのう。
早うから東南海地震も予知されとるさか、明日は我が身と覚悟しとるっちゅうミッチー、こんな自分なんか連れとったら逃げられんさか、神様にお任せしてくれるように願っとるらしいが、悪運強そうやで、案外逃げれんかったミッチーの方が生きのびたりして…。゜
わし、どうもそっちの方が心配なんじゃがのう。

       3月22日
 頭あろてもろとって、うつむいとるミッチーに、
「はい、ええよ。顔あげて」って言うヘルパーさんに、
「こんな顔でもええんかな?」って言いながら顔あげたんで、バカ受けや。
「私も今度それ使うわ。何かで『こっち向いて』とか言われたら、『こんな顔でええん?』って言うたろや」っちゅうヘルパーさんに、
「おいおい、それが言えるのは、こんな顔やで」って自分の顔突っつくミッチー。
こんなギャグ飛ばしとったら、大変な入浴介助もちょっとは楽しゅうなるやろさか、大いにやったりいや。

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       4月4日
 雪のちらつく一月の寒い日、身障連の新年会に誘われて出席したミッチー、ご無沙汰しとる分を歌で穴埋めしようってかどうか知らんが、懐メロソングのレパートリーの中から5曲ほど書き出して行ったんじゃが、マイク奪い合うようなすごい歌手連中がうとた後、ミッチーがやっと一曲うたわしてもろた思たら、それでおひらきになってもうたそうや。
まぁミッチーの歌が出たら、もうそれ以上は続けられんのもわかるがのう。
 そんなことがあったもんで、ここらへんで一回完全燃焼させたらなっちゅうんで、弟ぎみがカラオケに誘てくれて、めずらしく母上様も一緒に親子三人による一時間コンサートをやってのけたらしいわ。
母上はご老人仲間とカラオケ教室に行って、次々新しい歌に挑戦し、前うとっとった歌なんぞ惜しみなくどんどん忘れて行っとるんで、新曲しかうたえんらしいが、ミッチーと弟ぎみは懐メロの懐かしい歌を出したっちゅう話や。
 「あんたら逆転親子やなぁ」
「だってさ、この頭の中には色んな歌が入ってて、もうこれ以上新しい歌なんて入らないよ」
「そんならこのわしの頭も貸したるで」
「外付けのハードディスクって訳ね。容量はどのくらいなのかな?」
「知らんわい!」

      4月18日
  「ねぇ、りきまるさん、Yちゃんへの罰ゲーム、何がいいかしらね?」
「何の罰ゲームや?」
「ほら、あのパンツ事件のよ!」
「あぁ、あれかいなぁ」
あれっちゅうのはやなぁ…、着替えの時、ミッチーの手の代わりをしてくれとるヘルパーさんの一人が、ちょっとおかしな失敗をしてもうたんや。
パンツはかす時にな、片方の足の出口から両足入れ、腰まであげてもうたんや。
ミッチーも、どうも腰のゴムの伸びのわるなったパンツやなぁと思いもてはいとったんやが、まさかそんなことになっとると思わへんし、何回かトイレ介助してくれた母上様も気ぃつかんとそのまま一晩過ごし、あくる日に来てくれたヘルパーさんがその事態に気ぃついて、大爆笑になったんやった。
それにしても、そんなとこからよう尻が入ったもんやと、わしも大感心したがな。
 「まぁ春やさか、頭の中に花咲かしとる人もおるわいな。そやけど、はいとるミッチー自身気ぃつかなんだんやさか、どうかしとるのはあんたやで」
「はい、おっしゃる通りで…」
「お二人さんの頭に大きな花のかんざしでもつけたるわ!」
  



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           5月21日
   今月の最終日曜日に、教会の礼拝の中で、ミッチーが短い話をするそうなんや。
これは時々教会員が代わるがわる、日頃神様が自分や身近な人に対してどんなことをしてくれとるかを分かち合い、各自の信仰生活につなげて行こうっちゅうもんらしい。
鼻の不調から、言語障害も重うなって、自作の文字盤持ち歩いとるくらいのミッチーなんで、他の人の口を借りた代読っちゅう形になるらしいんじゃが、話の内容は自分でまとめて行かなあかん。
ほんで今月に入ってからずっとその話の原稿書きにあくせくしとった。
掲示板とかへはいっつもアホな話、くすくす笑いもて書いとるミッチーじゃが、真面目な話となると意外に苦手らしいんじゃ。
「私が真面目な話を書くと、どうも暗くなっちゃうのよね」っちゅう。
書いては消し、書いては消しを何回も繰り返して、一応1500字程度のもんにまとめあげたんじゃが、どうも尻切れトンボの感じなんじゃ。
まぁ、この続きは叉今度…っちゅうことでええんかいのう?



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      6月7日
  今、一年に一回の福祉サービスの見直しの時期なんじゃが、ミッチーの支援費の時間枠にかなりの余裕のあることがわかったもんで、今年は思い切ってヘルパーに来てもらう時間を増やしてもらうよう希望して、書類上は一応OKが出たようや。
母上様が長時間不在になる時のトイレ介助に当てようと、一回30分の不定期の支援を月十回受けられるようにもなった。
もちろんこれはその都度あらかじめ日時をはっきり指定せんならん。
けど、ミッチーが利用しとるヘルパー派遣事務所は土日や祝祭日が休みになるんで、その連絡は月曜日から金曜日の間にせなあかんらしい。
体調の善し悪しや気分的な都合で行動する母上様の予定は、仲々よみが難しいっちゅうこともあって、どこまで有意義に利用活用できるかっちゅうとこや。
じゃが、家での生活を続けよう思たら、母上様をあてにせんとやって行くことを考え、今からちょっとずつ実践していかなあかんと思うでな。
そのええきっかけを与えてもろた思うわ。
これからもっともっと厚かましさ発揮していかなあかんで!

        6月9日
 昨年やったか一昨年やったかに、隣町に、図書館含んだ交流センターっちゅうのができ、話題になっとったんで、どんなとこかとミッチーも興味をもっとったようや。
 昨日はそこで、母上様が入っとるカラオケ教室の発表会があるっちゅうんで、図書館の見学も兼ね、母上様の舞台姿もちらりとのぞいて来ようやなんて、ちょっと前から密かに計画し、移動支援頂戴して、マイカーで出かけてった。
 最近の公共の建物のほとんどは車椅子でも出入りできるユニバーサルデザインっちゅうのになっとると聞くが、さすがにそこも段差なしで、ミッチーのミラクルカーでも入れたそうや。
 図書館は小さな仕切りがいくつもあって、プライバシーが守れる雰囲気やそうな。
パソコンやビデオ鑑賞専用の仕切りも設けられ、色んな目的に活用できそうやっちゅうことや。
学校帰りの中高生達も大勢おったとか。
 「ほんで母上様の舞台姿はどうやった?」と聞いたら、
「それがさぁ…」と、とんだ失敗談を聞かしてくれた。
母上様の出番が最後から4番目になっとったんで、始まる時間と人数から3時半頃入って行ったらええと計算し、図書館見てから、まだちょっと時間あったんで、一旦外に出て、ジュース飲んで、それから発表会やっとるホールへ入って行ったら、その時はすでに母上様は歌い終わっとって、カラオケ教室の先生の歌で最後を飾っとるとこやったらしいわ。
「カメラも取り付けてのりこんで行ったのに、もう…」ちゅうて、散々嘆いとった。
ほんまに早うから計画練っとったのに、とんだ結末やったなぁ。まぁ何をやってもどこぞでずっこけるのがミッチーらしいとこじゃがのぅ。
 
    6月25日
 正月過ぎにミッチールームにドデーンと居座ったテレビは、ミッチーをますますわがままにしてくれとる。
番組表もついとるんで、新聞のテレビ蘭はまったく用なしになってもうて、テレビ蘭見るために時々新聞ひらいとったようなミッチーなんで、すっかり新聞離れしとる。
パソコンと同じで、内蔵のハードディスクに録画もできるようになっとるんで、好きな番組を撮っといて繰り返し見たり、放送時間が食事タイムと重なって、落ち着いて見られそうもない時や、深夜の時間帯に放送される番組などを録画しといて、自分の好きな時間に楽しんどる。
この前は青春時代の映画テレビのゴールデンカップルやった百恵・友和の「絶唱」っちゅう映画を、一人ほろほろ泣きもて見とった。
ほんで今は、こっちの時間で深夜から明け方にかけて放送されとるウインブルドンテニスを、あくる日の昼間のちょっとした時間や、夕食後の落ち着いた気分の時など、何回にも分けて見とる。
ちょっと前に比べると、テレビタイムも随分様変わりしたもんじゃ。

    



   
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     7月24日
 先週はわしらも迷走台風におどかされとったけど、雨雲のお陰でか、涼しい日が多かったんで、ほっと一息つく日もあったが、今日は叉夏の暑さが戻って来てしもた。
 ミッチールームは扇風機が活躍しとる。
ヘルパーさん来て、シャワー浴びさしてもらた後、すぐに汗かいたらもったいないっちゅう口実のもと、エアコンかけとるがのう。
 それに風呂場で時々水遊びもやっとるわ。
わしもこの毛皮はぎ取って、水かかりとうなるで。
ミッチーと一緒に風呂場へ飛び込んで行きたい衝動にかられるけど、ミッチーの裸を見んならんと思うとのう。
 皆様方、暑中お見舞い申し上げます。


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8月12日
 先週から大平洋高気圧が強うなって、えらい暑さになっとる。
この辺はまだ33度ぐらいじゃが、40度近くまであがるとこもあって、熱中症患者が増大し、お年寄りが召されて行くケースもあるようや。
 そんな暑さもさることながら、何年か前からミッチーライフをおびやかしとった黒い影が現実をおびて来おった。
トイレ介助を母上の手にゆだねとるミッチーは、それがやってもらえんようになったら、今の生活は成り立たんようになると、そればっかり恐れとったんじゃが、昨日から母上が膝の痛みを訴えとって、夜中の自分のトイレにも起きて行けんで、もらしてしもうたらしいんや。
「いよいよその時が来たのかしらね」とつぶやくミッチー。
ミッチーが一時期ここを離れ、生活しとったとこのヘルパーさん達は、「たとえ嵐の中でも道が通れる限りは来ます」って言うてくれたんで、心強かったが、この辺ではこんな盆の時期にも休みを取る人達がほとんどで、そのしわ寄せは当然ミッチー達利用者に来てしまう。
こんな状態ではヘルパーさんだけ頼っての生活は無理やっちゅうんで、ミッチーの心を暗うしとるんや。
「神様にお任せするしかないんだけどね」とつぶやくミッチーに、何も言うてやれんわしや。
代わりに誰ぞ何ぞ言うたってぇや。

       8月24日
 お盆、花火と夏の行事も順調に過ぎて、いくらか暑さもやわらいどるが、天気のええ日はまだ30度を越えちょる。
秋雨前線が日本列島の上で停滞するようになったり、台風や熱帯低気圧とかも発生して、これから週末にかけての予報は傘マークや。
 今日は、福祉手当受給継続の為の書類を、ヘルパーさんに代筆してもらい、提出して来てもろて、まずは一段落っちゅうとこやろか。
 この先は美容院行きなど、ミッチー自身が動かなあかん予定が詰まっとるんで、空とにらめっこする日が増えそうやなぁ。
ミッチーににらまれて、小そうなるような雨雲もなかろうが…。



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       9月4日
 ほぼ一週間、太平洋沿岸をのろのろ動いとった台風12号やが、四国から中国地方を横切って、今日の明け方ぐらいにやっと日本海へ抜けてったようや。
昨夜はものすごい雷鳴が鳴り響いとったんで、ミッチーも眠れんと、わしにしがみついとったが、雨もかなり降ったようじゃ。
今朝、近くを見回った人の話やと、液状化や水没状態のとこがあったり、山の木ぃが折れて流されて来て、橋にぶつかり、その橋が折れたとこもあるっちゅうことやさか、衝撃のすさまじさは計り知れん。
その橋っちゅうのはどうやらミッチーが毎年春に桜の花見に行っとる産田川の橋らしいんや。
風雨の影響で、据え付け電話も通じんし、水道も出やんし、テレビも映らんようになっとる。
けどまぁ、電気が通じとるし、ネットもできるんで、そんなありがたさにあらためて気づかされたようなミッチーや。

      9月5日
  台風で機能がマヒしとる水道の復旧にはもうちょっと時間がかかりそうや。
蛇口ひねったら水使い放題っちゅうのが当たり前になっとったさか、出やんようになった途端、あれもできん、これもできん状態で、パニックや。
何しろトイレの後の手ぇも洗えんのやさかのう。
 こんな中なんで、ヘルパーさんらも仕事どこやないみたいで、今日はミッチーすっぽかしを喰わされ、ご機嫌ななめや。
電話もまだ時々通じんようになったりしとるんで、連絡もできなんだんかも知れんのう。
水も出やんさか、ヘルパーさん来てくれてもシャワー浴びやしてももらえんし、おかず作ってももらえんやろけど…。

          9月18日
今日のミッチーは何言うても「うーん」「ふーん」と気のない返事。
それ言うのは、友達のブログ見てから一年間ずうっと自分の中で暖め続け、後一歩で実現するとこやった夢が、ものの見事パーになってしもうたからや。
伊勢の陸上競技場を中心に毎年この時期にひらかれとる障害者スポーツ大会に、足こぎ車椅子50メートル走っちゅうのがあるのを知って、そのスタートラインに友達と並んでみたいなどという夢を追いかけ始め、それを弟ぎみに打ち明け、「私を伊勢に連れて行って!」と懇願し、彼をその気にさせたことから、実現に向かい始めたんや。
じゃが、その日が迫って来ても、練習する機会をつくらんので、皆さん一生懸命やっとる日頃の成果を見てもらおうっちゅう大会やのに、ミッチーだけはその場所に出ることだけが目的のような不真面目さで、そんなんでええんかいなぁ。皆さんに失礼なんと違うやろか…思て心配しとったんや。
こんなわしの心配もおかまいのう、相変わらず伊勢の陸上競技場へ行くことだけに集中して、準備を進めとった。
そしていよいよ明日がその日という前日の朝、クシャミと鼻水が止まらず、ノドも頭も痛いっちゅう最悪の状態。
こんなんではどこにも行ける訳ないやろ。早よことわっときぃや言うて、しぶしぶ出場辞退のメール送らせたって訳や。
ミッチーは、いつ弟ぎみがあかんようになるか、そればっか気にしてハラハラビクビクしとったんじゃが、まさか自分が風邪ひいてオジャンになるとは思わんかったんで、すっかり自信喪失のようや。
まぁ弟ぎみが賛成してくれたことで、もう行けること間違いなしと思いこんでしもうたんやな。
思わぬとこに思わぬ落とし穴があったって訳や。
人生そんなもんやで。

      9月27日
  もう6年程使ことるデジカメがちょっとおかしゅうなっとるらしいわ。
写せるし、パソコンへの取り込みもできるんじゃが、スイッチをOF状態にしとっても、勝手について来たりするんや。
ほんで充電したバッテリー入れとってもすぐ切れてしまうんやがな。
写したりするのにはまだ支障ないんで、使わん時はバッテリーを抜いて対処しとるんやが、何しろぐずなミッチーなもんで、いざ言う時に間に合わんのや。
デジカメもどんどん新しいのが出とるさか、ミッチーに使い勝手のええのを買うたらええやろって言うちょるとこや。
 パソコンのハードディスクも空き容量がのうなって、わしみたいにかなり重たなって、ちょっとやそっとじゃ動かんようになっとるんで、外付けのハードディスク購入して、そこへ普段使わんモン入れといたらええやろって言うとるんで、いっぺんそんなモン売っとる店へ行こうとしとる。
電動車椅子の中速で40分ぐらいのとこに結構色々置いてある店があるんや。
けど、ミッチーがいざ行動を起こそうとすると、雨になったりすることが多いんで、仲々予定が進まんのじゃよのう。




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         10月1日      
高血圧の薬や催眠剤ら飲んどるんで、その副作用か、近頃母上様の物忘れがひどなって来て、そのフォローに大変や。  この前は大事なモンなくしてしもて、家中でんぐりがえすような騒動で大捜索しとったが、あきらめてしもた途端、自分の寝とる布団の下から出て来たんや。
いっつもその布団に寝とるのは母上様やさか、何かふくらんどるなぁと一番先にそこに気ぃつくもんやと思うがのぅ。
そこへ入れたのも本人しか考えられんが、全然おぼえとらん。
 今日なんぞはちょっと危なかったでぇ。
ガスかけっぱなしで外へ出て行ってしもたんや!
ひねり式からプッシュボタン式のガスコンロに変わった時、これなら自分でも消したりできそうやし、ごろりと寝転んで足あげたらギリギリ届く高さやで、もしもの時には人に連絡して来てもらうより自分で消す努力をした方が早いやろなぁと、ふとそんなこと考えとったミッチーなもんで、ガスコンロの上でぷーぷー吹きまくっとるやかんを見た時、思わず「あぁーっ」と叫んだ次の瞬間、椅子から転げ落ちとった。
そんな時は痛みなんど感じんもんで、尻コプターならぬ背コプターでガス台の前まで行って、思いっきり足あげてガスのボタン押して消したんや。
後はもうどうでもようなって、起き上がる努力もせんと、母上様が帰るまでそこに放心状態でころがっとった…。

       10月29日
  長年つこて来たデジカメがダメになったんで、オリンパスの新製品のカメラを買うたんやけど、ミッチーの頭も足もそのカメラに仲々追いついて行かへん。
 説明書見ぃもて色んな設定をやっとったら、いらんとこさわってもうたみたいで、パノラマになってしもて、元へ戻し方がわからんようになったんや。
そんで一番ヤングなヘルパーさんに泣きついて、見てもろとった。
あれこれ言いながら5分位色々さわってもろとったら、さすがにここぞというとこを見つけてくれ、OKボタンで見事元に戻って、めでたし、めでたし!
「そんなこと説明書のどこにも書いてなかったもん」っちゅうてミッチーは嘆いとるが、書いてないっちゅうことは、普通書かんでも当たり前にできることなんやろなぁ。
それがわからんっちゅうのは、ミッチーの頭の中の配線が何本か抜けとるんや。


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11月12日
 昨日の雨もあがって、朝からええ天気になった。
 結構なご身分の朝風呂に入り、もうちょっとヘルパーさんにつきおうてもらう時間がありそうなんで、そこらへんぶらついて来うか思とったようやが、ちょうど風呂からあがって部屋へ戻った時、ヘルパーさんに電話が入った。
子供が事故におうて救急車で病院へ運ばれたっていうんや。
そのヘルパーさんには今年小学校へ入ったばっかの女の子がおるんやが、その子が今日初めて自転車で友達と買い物に出かけたっちゅう話を聞いたとこやった。
運よくちょうど風呂からあがったとこやったんでミッチーも、すぐに子供のとこへ行ってやってくれっちゅうて、出してやった。
後でメールでその子の様子尋ねたら、「A子は大丈夫でした」っちゅう返事が来たんで、わしもほっとしたわ。
何人かの友達と一緒やったらしいんで、救急車で運ばれたっちゅうことは、ケガした子もおるんやろなぁ。

      11月22日
  いかにも満足げな顔で散歩から戻ったミッチー、今日はちょっとぜいたくしてオムライスを食べて来たっちゅうんや。
「で、みやげは?」
「それがさぁ、食べてしまってから、写真撮っておいたら良かったって思ったけど、あとのまつりで…」
「写真だけ見せられても余計うらめしゅうなるさか、そんなモンいらんけど、その顔やったらどえらいおいしかったんやな」 
「はい、ご想像の通りで…」
「よかったなぁ。毎日しっかり痛い自分の体とつきおうとるで、神様がそうやって時々ご褒美くれるんや」
「そうか、楽しいことやおいしいモノは神様からのご褒美なのね」
「そうやで、毎晩の眠りもな」
「はい、おっしゃる通りで…。神様ありがとう。りきまるさんありがとう」
「今日はえらい素直やなぁ。ええんかいなぁ」
「熱もないし、いたって正常でごさいまぁす!」
「う〜ん…」

     11月26日
 ミッチーの母上様は先日、自分のグループとは違う歌謡クラブの発表会に友情出演して、うととる時の写真が地方新聞に載って、それを見たっちゅうミッチーの友達からもメールが来たりしたんじゃが、なんとZTVも取材に来とったようなんや。
近所の人から「テレビに出とったね」と言われ、「まぁ、そうかえ、つらいよ」と、嬉しげなご当人。
この辺の行事やなんかようZTVで放送されとのるを見とるミッチー、そこは何度も同じ放送を繰り返すんで、もしかしたらまだ見るチャンスはあるかも知れんと思て、しばらくチャンネル合わしとったら、案の定その発表会の場面に巡りおうて、すかさず録画。
「ええもの見せたるわ」っちゅうて母上テレビの前に座らし、スイッチオン!
母上もめでたくテレビに映った自分の顔と初対面できたって訳や。
ミッチールームのテレビはほんまに色んなことに役立っとるわ。

     11月29日
  近くの偏屈医者の医院でインフルエンザの予防注射をしてもろて来たミッチー、帰ってから風呂に入り、その後おいしそうなケーキ食べとった。
「サークルKで買うて来たんか?」
「そうよ。イヤな注射打って来た自分へのご褒美に、一番おいしそうなケーキ買って来ちゃった。フルーツクレープケーキよ!」
「なるほど、今度は自分へのご褒美か。そりゃそうやろな、あんたがもうちょっと可愛らしかったら、アメ玉一つでも出してくれるかも知れんけど、そんなおばはんに誰がご褒美らくれるかいな」
「だからこうしてセルフサービスやってるでしょ。文句ある?!」
「いや、何も言うことないわ」
「よろしい!」


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12月19日
 年賀状に入れる画像探すのが面倒じゃちゅうて、裾模様の入った年賀葉書を買うたミッチーなんじゃが、この前ある写真が手に入ったことから、二枚の写真を年賀状に入れようと思いついたようや。
そうなるとスペース的にたらんようになって、葉書に入っとる裾模様が邪魔になって来た。
昨日は教会から帰ってから、その葉書のレイアウトをやっとっが、
「りきまるさん、この裾模様消してくれない?」てなこと言うて来よった。
「わし、そんな魔法の技もっとらんがな」
「いつも私と一緒にいるんだから、それぐらい身につけておいてもらわないと!」
「うーん…、そこまで言うんやったら、わしのこの清らかな舌でペロペロねぶってみたるわ。どれ、貸してみぃ!」
「け、けっこうですょ」
あっははは…。
何でも自分でしたことの責任は、しっかり自分でとらなあかんわなぁ。
たとえミッチー様でも…。

        12月24日
 毎年今頃ミッチーとこへカステラを届けてくれるサンタさんがおるんやけど、去年は届かんかったんで、なんぞあったんやないかっちゅうてミッチーも気になっとったようや。
そしたら今年は叉ちゃんと届いて、
「昨年はケガの為の通院で余裕がなく、クリスマスケーキも届けられませんでした。今年は治りましたので、叉これからも送ります」っちゅう手紙が添えられとった。
「そうか、それでサンタさんは去年はお休みだったんだ」ちゅうて納得。
ほんですぐに「私達のサンタさんの復活ばんざーい!」っちゅう手紙を書いとった。
このサンタさん言うのは、福祉事務所長をやっとった頃に、仕事でかかわるようになったミッチーら一部のモンに心をかけてくれ、自分のポケットマネーで毎年ミッチーらにカステラを届けてくれるようになった人らしいわ。
ミッチーの父上より年上やった言うさか、多分もう90才近いんじゃろうのう。
カステラ届けるミッチーらがおるさか、このサンタさんも復活したんかも知れんわ。















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